13 漆 唐子の碗
「いただきます」
「ちょ、ちょっと、錫ちゃんそれ・・・・」
婆さんが置いていってくれたもの、それは塩をまぶした握り飯だった。
だが見ると錫乎はその握り飯を片手に別によそった白米をおかずのように並べて朝食につこうとしている。
「あははは、錫乎のそれは儀式なんじゃと。余程ひもじい時の世からでもやって来たかのう・・・」
飢饉のことらしい————
「お前はどうなんだ紅掛?どこで生まれた?いつの時代から———」
「・・・疫病から逃れてな」
この時の紅掛の言い淀む姿に何か引っかかるものを感じはした。だが普通に考えれば聞いてはいけない、思い出させる必要のない事かもしれず銀次は慌てて言葉を繋いだ。
「しかし二人は恐ろしく白いな」
すると紅掛の挙動は益々乱れ、何故か彼女は落ち着かなく視線を動かした。
銀次にしてみれば美しさに繋がる比喩でもあり本当ならもう少し気の利いた言い方が出来そうだった。儚さばかりが白ではない。色香もまた然り。だがどうしても言葉が見当たらずにいる矢先の出来事だったし咄嗟に繋いだ会話だったのでもう仕方がないと捨て置いた。
ただ後の彼ならこう言ったかもしれない。
白は白いほどに饒舌で痛いほど繊細にものを語る————と。
紅掛の言う錫乎の「儀式」が終わると食卓には山女魚と山菜が並べられた。
碗は拾ってきたのかそれとも盗んだか、野暮な事は聞かなかったがどれも中華風の絵柄が描かれている。
「唐子というのじゃ。可愛いであろう?」
日本で言うと金太郎とか桃太郎だろうか。頭にちょこんと小さな髷を一つ二つ。あまり気にした事は無かったが変なゆるキャラよりは余程かわいい。
「ん・・・まあ言われてみれば。たまに怖い絵面のもいるけどな」
この時代にしろ既に工業生産品だったかもしれないが元は筆で書かれている。たまに訝しげに見える奴もいた。
「ところであの婆さんはこの事態を何だと思っているんだろうな。だってこうやって供えた物を毎日綺麗に平らげてしまうんだろ?」
「山に住む者にとっては見たものが全て。或いは儂らの事を知っていてやっているのかもしれん」
* * *
「ここでは川魚もさぞや入れ食いだろう。どれ、飯が済んだら俺も渓流釣りに・・・」
「何を言うておるお主は。済んだら行くぞ」
「え?」
「帰りたいのじゃろ?」
「ま、まあ・・・」
「泣いて居ったではないか」
「・・・それを言うなって」
その時、ごちそうさまと言って箸を置いた錫乎が、珍しく大人びた声音でこう言った。
「兄者にはまた逢えるゆえ。それよりも早くせねば『ケ』が来よる」
「『ケ』ってまさか『晴れの日・褻の日』の褻の事か?」
「ほう知っておるか。まさかお主の時代には学校で習うか?」
そう言って笑う紅掛に「そのまさかだ」と言いかけて言葉を飲み込んだ。これ以上話がややこしくなっては敵わない。
「褻が来るとどうなる」
「あの坑道を潜った者の多くが気がふれる理由は時間や空間の激変ばかりではない」
「・・・・」
「褻とは晴れと同じようにいつもそこにあり普段は目を覆うだけで済んでいる。しかし褻の頃には人にもそれが見えやすくなる」
「ゆくぞ銀鼠の兄い————」
銀次は解ったような解らないようなわだかまりを心に抱えたまま、だが今、急に大人びた顔立ちとなって先に立とうとする錫乎に気圧され自らも立ち上がった。
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