コラム 小説「銀と錫」と上ノ国町 その1


パソコンの方は先ずはこちらをご覧頂きたいと思います。

    *許可を頂きました

 これは現・北海道檜山郡上ノ国町早川にかつて存在し、マンガン採掘の鉱山の町としてかつて栄えた通称「中外(ちゅうがい)地区」の話です。

 中外鉱業が手掛けた事によりそう呼ばれ、当該企業様は現在は何故かフィギュアか何かを作る会社に・・・。


 上記のwebサイトでは2002年現在の写真がいくつも貼られ、荒廃が進む若葉小学校などもその一つですが、筆者・亦楽ことsatire.tokyoが2012年に訪ねた際には何の痕跡も残してはおらず、そこに町があったなどという事は俄かには信じがたいほどに山々が、そして大自然があるだけでした。


 実は私は幼少期の数年間をこの地で過ごしました。

 上にある画像が保育所跡だとするとここへ通っていたのかもしれません。そして————


 さらにはこのページにある「教員住宅?」(画像下)に住んでいた————という可能性が非常に濃厚です。


* だとすると一番奥の白く新しい?トコ

 

 そうです。父は教員だったわけですね。当然ここ ——画像下—— へ勤めていたわけです。


 ただ私がこの地を訪ねたその当時、まだ存命だった父に確認するも既に認知度怪しく

「そうなんじゃないか?」と曖昧な返事しか返ってきませんでした。


 小説「銀と錫」にも出て参りますが旅行の後、父に何もなかったというその現状を報告するシーンがあります。以下————


   *   *   *


 当時彼がその驚きを父に話すと彼の父は


「あれから何年だ」


 と彼に聞いた。


「ざっと四十年」


 すると父はこう言った。


「三十年あれば山になる」


   *   *   *


 その時筆者である私は父のその言葉に

「随分と含蓄のあるセリフだな」

と思いましたが実際には三十年どころか、町が各建造物を撤去してから僅か十年足らずで山と化した事になります。

* その4を参照 驚きの訂正がございます。


 次回、仮名「筆者の真の興味は石崎川を挟んだ向こう側」へ続きます。

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