09  参 デュアルブートとリボルバー

「ぎ—————」

 落ち着け・・・落ち着け ——————


「は・・・はは—————」

 俺・・・らしいじゃないか ——————


「・・・は—————どうせ」

 どうせ俺は ——————狂・・・


『この夢は現実味が強すぎる———』



 俺は子供の頃からいつもちょっとづつ周りのみんなと違ってた。


『不意に横向くとさー、ピキーンってしばらく立ち直れないぐらいの電気みたいな衝撃走るじゃん?』

『な、無いよそんなの』

『えっ?じゃあこういうのは———』

『だから無いって。おまえ・・・なんか変・・・』


 ————— くそっ、こんな時に一体何を思い出してるんだ俺は・・・


 最近こそ薄れはしたが寝入りばなにはいつも爆音が聞こえだす。いわゆるラップ音ってやつだ。初めの頃は本気でお祓いを・・なんて考えもしたさ。だがある時その音は俺が起き上がってからも続きそれによって漸く気が付いた。


 音は自分の頭の中からだって事にさ。


 ————— だから何だって言うんだ!今考えなきゃいけないのは・・・


 医者なんかいつもデタラメさ。


『根津さん、だいたいあなたどこへ掛かったんです。整形ですか?それとも整骨ですか?特に整体なんてものはあなた、あれはデタラメですからね。全くどいつもこいつも特にマスコミ!一度ヘルニアなんて言葉を知るとみんな使いたがって。あなたの頸は強いて言えば骨の摩耗です ————それと根津さん。あなたが言う脳の圧迫感ですがそれは頸椎とは関係ありません。脳神経外科へ行ってください!』

 そう言って医師は脳神経外科があると思しき方を指差した。あの医者には不思議と胸のすく思いをさせられたがあいにく脳神経外科にはもう何度も行っていた。


 ————— この穴倉は旅の日に目にした坑道の入り口じゃない。たぶん場所は合っている。この近くだ。ただこの鉱坑はどうやら閉鎖されている ————


 銀次の思考は眠れる細胞が開花するがごとく錯乱の混濁の中に鋭い冷静さを生み出していた。ただそれは特別な能力などではもちろんなく生死を分けるような事態に生き物であればだれでも発動するいわば火事場の馬鹿力だった。


 ————— 今目にしたあの町は「中外」ではない、ということはないだろうか?いやそんな問題じゃない。俺はさっきまで外神田にいたんだ。


 こんな事もあった。

 ————— まだ混乱が勝っている。


 あの時は笑ったな。枕の丁度両側、同じ位置に赤い点が付いてたんだ。血だという事はすぐに分かったさ。けど永い事ただ不思議だったな・・・。でも終いにゃ気付くさ。俺耳から血を流しながら寝てたんだぜ。可笑しいだろ?


 ————— 切り替えろ銀次。おまえの脳はデュアルブートだ。そうだ早くリブートしろ。どうせならスペシャルな方で起ち上がれ ————



     *     *     *



 山を背にして銀次は再び前を向いた。あれ程恋焦がれた町の姿に今は吐き気を催した。その込み上げる生理はまるで嗚咽のように二度三度と彼の喉元までしゃくり上がり、だがそこには一滴の胃液すらなく口の中はとっくにカラカラだった。


「この吐き気は町のせいなんかじゃない。断じて。さっき潰した虻のせい・・・いや、そんな事はどうでもいい。まずはあの男たち—————」


 群がる虻を払い除ける過程で一匹うっかりと握りつぶしてしまっていた。その手に残る感触を嫌い何度も穿いたジーンズに手を擦りつけていた。だが彼の意識はそこには無かった。

 さっきからずっと気になっていた事がある。あの二人の男たち——— たぶんここで働く工夫達だが左程遠く離れてはいないのに彼に全く注意を注がない。その事が嫌な予感となってずっと銀次の心の中でとぐろを巻いていた。だが・・・もう行くしかない。銀次は自分を注目させようと殊更大きく深呼吸をし、そして遂に話しかけた。


「へあ、あ、あの、すいません」

 声が上ずり、しかも酷いどもりようだ。だがどうにか声をかけた。ところが

「うあっ!」

「わわわっ」

「今なんか・・・」

「ああ、なんか聞こえたよな!」

「やっぱここ出るって・・・」

 男は鉱坑の入り口を顎で示すような仕草をして見せた。

「マンガン出ねえで余計なもん出たって・・・」

「おめ、こんな時に何うまい事言って」

「俺じゃねって、みんな言って・・?」


「あの、すいません」

 銀次は男の肩に手をかけた。

「うわあああ、つ、掴まれた」

「ギャ———」


まさか・・・・

 男たちが東北訛りだった事を考えるとたぶん出稼ぎだろう。何しろ北海道に訛りは無い。銀次の中の冷静な部分が虚ろにそんな事を考え、そして亡霊にでもなった気分で山を下った。暗闇の中にいる時から足の運びが妙に軽い。


 家畜小屋かそれとも鉱山施設か既にちらほらと小屋らしきものが見え始めている。

 このままいけば町中へ ———あのT字路へ到達するにはもう時間の問題だ。

 まだ何も解決などしていないのに。まだ気持ちはこんがらがったままなのに・・・。


 農夫だろうか女性と子供達がいる。人々の身なりから察するにここは銀次の生きる現代とは違っていた。ここが紛れもなく中外だと仮定すればそれは当たり前の事でしかなかった。


 なぜならこの町はもうないのだから・・・。


 今度は話しかける事はしなかった。足音を出来るだけ忍ばせ前へ回り横へ立ち・・・。分かった事は三つ。一つはもう明白だ。自分は周囲から見えていない。もう一つは時代だ。いつ頃なのかまではわからない。ただ違うという事だ。

 そして最後は自分の足だ。


 足はちゃんとあった。つまり死んではいない。厳密にはそれすら怪しい。何しろ死んだことだけは一度もないからわからない。

 「死ぬと暫くはそんな感じです」と誰かが言うのならそうかもしれない。ただ今言っているのはこういうことだ—————



 まだまだ道路の舗装が行き届かない時代、道路がこんなにもデコボコだったということを思い出す。辛うじて記憶の最も古い辺りにしまってあった光景だ。雨が降る度せっかく人々が均した平坦が再び凸凹になる。たまの山歩きなどをするとそれがいかに歩きにくいかと思うし今だってそれと同じことだった。

 だが今は草の上を砂利道の上をなぜか滑るように進んでいる。おかげで本当は足音を忍ばせる必要などなかったほどだ。


 そして今、少し開けた草叢の中をやはり滑るように二人の女性がやって来る。


 遠く見渡す視界の奥、北方特有の木々生い茂る雑木林の中からふいに現れたその二つの影はその草叢を斜めに、そして滑らかに、その距離感も怪しくあっという間の速度で間もなく銀次のところへ到達しようとしていた。


「何だアレは・・・?」

 近づくにつれ銀次の心の中のリボルバーは撃鉄が起こされ引き金に指がかかった。警鐘が鳴り始め、だが何故だか頑なに安全装置は上げたままだ。


「まさかあいつら・・・」

 もう意味が解らない。さっきまで解らないものは解らないとしつつも残された希薄な冷静さが発動し、そしてつい今しがた事が進み始めたばかりだった。


 だが今度のはある意味においてもっと質(たち)が悪い。


「まさかあいつら・・・・」


 まさかあいつら—————

    GHQのサイレントムービーの中・・・・二人組 

 まさか—————

    夢で見た三〇一号室の写真とそこに映り込む少女

 思い出・し・た—————

    玄関前が崩落した日の鳥の囀り 和風の柄模様、紅い筒

 そして—————


『兄者、そこ危ない・・・・』


 小さい方は玄関前で見た時と同様に花のように愛らしく、あの紅い万華鏡をかざし戯れながら歩いて来る。


俺は一体あの時の事を、あのホログラムを一体何だと思って今日まで過ごしてきたんだろう————


 フィルム映像の時から直ぐに気付きはしたが姉の方はまたかなりの美貌と言えた。だが飾り気というものがまるでなく、それに背中に挿したものが気になった。

 銀次は呼吸を止め固唾を飲んだ。心の中の引き金には指をかけたままだ。

 草叢を斜めに横断する二人は時折進行方向に目をやったが銀次には気が付いていないようだった。

 そして二人が遂に銀次の僅かに手前 ———息が掛かる程の至近距離を通過しようとした時、なりは素っ気ないが妖しくも美しいあの女が急に前触れもなく目線を流し間近な距離で彼を見た。


 視線が交差し完全に合致した—————


『まさか・・・見えるのか?そ、そんな筈は・・・・いや、こいつら一体・・・・?』


 その時女が言った。

「お主、人ではないな」



 この時、遂に銀次は卒倒した。



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