05 people are strange
寒い ————
身体が冷気に包まれていく。
サンダル履きの足元から急激に体温を奪われ始めているのがわかる。
明かりは前方に見えている。多分行くところまで行けば寧ろ眩しいほどの明るさだ。
だが———— どうしても解せない ————
たった今入ってきたはずのドアが無い。せいぜい一歩、狭いたたきの玄関なんだから二歩は進んでいない筈だ。
三度戻ろうとしたが四度目はもう怖くて出来なかった。伸ばした手の先には何も触れることはなく、ただ入ってきたときには無かった筈のごつごつとした感触だけが足元にはあった。
何も手探りさえできないという不安は逆に銀次の身体を前進させた。少なくとも奥に見える明かりに向かって歩を進める事だけは出来たし、それだけが今の彼に出来る事であった。
なによりも今の彼にはそうするより他になかった。
数歩も歩かないうちにすぐにそれに気付いた。両脇にはどうやら壁がある。触れるとしっとりと冷たく指先が濡れる。彼は出来るだけその壁に触れぬよう身を強張らせて進んだが時折肩から頽れる様に体をぶつけ、着ていたシャツの袖口まで濡らした。
密閉に近い暗がりと氷室を思わせる冷気とは相変わらず彼の身体を硬直させたが不思議とその一歩は軽くさえ感じられ、岩だろうか足元のごつごつを身軽にかわしながら進んでいた。
* * * *
背中にのしかかる不安と恐怖という重圧に長い時間的な距離を費やした。が、実際には明かりが漏れ入る地点まではほんの僅かな距離だったに違いない。
外からの明りによって光輪に縁どられたその壁はその質感の違いからドアではないかと思われた。
——— People are strange when you’re a stranger
「ちっ・・こんな時にドアーズか・・・」
いつも一度頭の中を巡り始めたフレーズはなかなか頭から離れない。
どんなにその扉をまさぐっても把手の様なものは無く、代わりに嫌な予感が形となってその手に触れた。
「これは・・・まさか閂(かんぬき)——— 」
その扉にはどうやら閂が掛けられている。外側から・・・
まるで絶望を絵に描いた漫画の様に銀次が両手を扉へ突いて項垂れた時、事態と扉とが僅かに動いた。
「閂・・・掛かっていないのか?」
足元が滑る。ましてサンダル履きでは腰が入らない。背筋と腕からだけの渾身の力だった。
目の眩(くら)む眩(まばゆ)さに下を向いて押し続けた。瞼を閉じてはいるが蒸すように濃密な大地と草木の匂いとが鼻を突いて侵入してくる。
開く扉の描いた動線が九十度を超えた。
銀次は項垂れる様に下を向けていた頭をゆっくりと起こし、と同時に固く閉ざしていた瞼を徐々に開いた。
「こ、これは・・・・」
銀次の身体に大型の蠅、無数の虻が群がる。
「ここは・・・」
十数年前に一度、自身を振り返る旅をしたことがある。
「ここは・・・上ノ国——— 」
今となっては何の目印さえ無い。けれども直感 ———自分の肌感覚がそれを教えてくれる。
「上ノ国——— 」
ここは既に廃村となり今はもう存在しない鉱山の町。
そこは銀次の生まれ故郷、北海道上ノ国町——— 通称「中外」だった。
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